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国内のモノレール よみうりランドモノレール

よみうりランドモノレールのアーチ橋
よみうりらんどモノレール
-YomiurilandMonorail-
Straddle-beam monorail (ALWEG) system , Hitach

よみうりランドモノレールは、1964年1月1日に開通し、1978年12月1日に廃止された、日本のモノレール史において特筆すべき存在です。正式には「よみうりランドモノレール」と呼ばれ、事業主体は当時の関東レースクラブでした。そのため、読売ランドモノレール、あるいは関東レースクラブモノレールといった名称でも知られています。運営会社の社名が示すとおり、遊園地運営とレジャー施設開発を背景に誕生したモノレールでした。

この路線は、アルウェーグ方式と呼ばれる跨座式モノレールを採用しており、製造には日立製作所が関わっていました。一本のコンクリート製軌道桁の上に車両がまたがって走行する構造で、当時としては最新鋭の都市交通技術でした。同じ方式を採用する現存路線としては、現在も運行を続ける東京モノレールがあり、日本におけるアルウェーグ型モノレールの代表例といえます。また、すでに廃止されていますが、犬山遊園モノレール線も同型式を採用していました。



よみうりランドモノレールの最大の特徴は、その路線規模にあります。全長は約3.1キロメートルに及び、遊園地を中心に、駐車場、サッカー場、スカイロードなどを結ぶ環状線として構成されていました。単なるアクセス路線ではなく、園内および周辺施設を周回する構造を持っていた点が大きな特徴です。開業当時、この3.1キロメートルという距離は世界最長のモノレール路線であり、国内外から注目を集めました。

建設の経緯をたどると、1962年5月に関東レースクラブがアルウェーグ方式の採用を決定したことに始まります。同年10月には第一期工事が着手され、1963年1月には第一期区間で営業運転が開始されました。続いて第二期延長工事が進められ、1964年に全線が完成します。そして同年8月8日には、音楽堂(後のサッカー場)と読売ランドを結ぶ区間を含めた環状運転が開始され、名実ともに完成形となりました。

このモノレールは、地方鉄道法に基づく跨座式鉄道として認可されており、遊園地内施設でありながら、法制度上は正式な鉄道として扱われていた点も重要です。園内を高所から周回するルートは、来園者にとって移動手段であると同時に、空中散策のような体験を提供する存在でした。観覧車やジェットコースターとは異なる、穏やかな視点で園内全体を見渡せることが魅力だったと伝えられています。

しかし、1970年代に入ると設備の老朽化が進み、維持管理コストの増大や安全基準の高度化への対応が課題となります。加えて、園内動線の変化や来園者の利用形態の変化もあり、モノレールの存在意義は次第に薄れていきました。その結果、1978年12月1日をもって営業を終了し、よみうりランドモノレールは廃止されることとなりました。

廃止後、車両はすべて解体され、現在まで現存していません。一方で、軌道桁や駅舎の一部はしばらく残され、その後「サーキットギャング」と呼ばれるゴーカートコースとして転用されました。モノレール軌道の上部に走行路を設けるという大胆な再利用は、当時のレジャー施設ならではの発想といえます。給油設備が設置されていた跡や、旧駅舎を転用したゴーカート乗り場などからは、モノレール時代の構造を色濃く感じ取ることができました。

よみうりランド外周には現在もモノレール遺構が残る。
画像正面の草の膨らみは信号機

駐車場駅付近に残る信号機

1998年に撮影された廃線跡の写真では、アーチ橋や鋼製軌道桁、駅ホームの名残などが確認でき、廃虚化しつつも往時の姿を伝えていました。特に野球場裏に架かるアーチ橋は、よみうりランドモノレールを象徴する構造物として、多くの写真に記録されています。観覧車から俯瞰した園内風景にも、そのアーチ橋が写り込み、かつての存在感を物語っています。

現在ではサーキットギャングも廃止され、モノレールの軌道や関連構造物の多くは撤去されています。それでも、よみうりランドモノレールは、日本におけるレジャー施設型モノレールの先駆的事例であり、世界最長を誇った環状路線として、鉄道史・遊園地史の両面から高く評価される存在です。写真や記録、そしてわずかに残る記憶の中で、このモノレールは今も語り継がれています。

よみうりランドモノレール(関東レース倶楽部)

1962年5月 滑ヨ東レースクラブ読売遊園地小型モノレールがアルウェーグ式の採用を決定
1962年10月 第一期建設開始
1963年1月 第一期営業運転開始、第二期延長工事着手
1964年 第二期延長工事完成
1964年8月8日 環状運転開始(音楽堂、のちのサッカー場〜読売ランド)
1978年12月1日 廃止 地方鉄道法に基づく跨座式鉄道
日立アルウェーグ式 3.1km 一部をゴーカート 「サーキットギャング」のコースに転用 。
車体は全て解体されています。
よみうりランドモノレール 車両
 

よみうりランド駅 京王よみうりランドモノレールからの眺め
京王よみうりランド駅
京王相模原線の京王よみうりランド駅は、京王稲田堤駅と稲城駅の間にある駅で、1971年に開業しました。
よみうりランドはこの駅よりむかいます。

ゴーカートコースに転用された読売ランドモノレール読売ランドモノレール PC軌道桁
軌道上部に設営物は、廃止後に転用されたサーキットギャング(ゴーカートコース)です。


よみうりランドモノレール廃線跡 給油所よみうりランドモノレール跡 給油所
ゴーカート車両用の給油設備?が取り付けられています。
左からカーブして軌道上に融合しているのがゴーカート設備です。
目の前の建物が旧モノレール駅で、画像当時はゴーカート乗り場になっていました。


読売ランドモノレール サーキットギャング給油器

よみうりランドモノレール よみうりランドホテル
よみうりランドホテル
ゴーカート乗り場(旧よみうりランドモノレール駅)を下から見上げる

サーキットギャング乗り場の様子
サーキットギャング乗り場の様子。
ゴーカート転用時、軌道およびプラットフォーム部には上板が敷設された。
写真右手の柱下部に見えているコンクリート路面が、当時のモノレールホーム部分(高さ)にあたると推定される箇所。
画像中、丁度ゴーカート車両が到着した走行路面部分が、当時のモノレール車両走行部に該当する箇所。
ホームには両側に安全柵が設けられていたが、サーキットギャング転用時に撤去された模様。
壁面部および天井部(天板・電灯)の配置は、モノレール営業時とほぼ変わっていない。
(参考資料:鉄道ピクトリアル No.504 : 1988.12)
(c)7N4RBN様提供画像


よみうりランドホテル モノレール駅読売ランドモノレール サーキットギャング
この角度からだと駅舎だったという事がよくわかります。


サーキットギャング よみうりランドモノレール
サーキットギャング(ゴーカート)に乗車。
サーキットギャングは大部分がモノレール軌道上に設営されているため、車上より当時の雰囲気を味わう事ができます。
※現在はサーキットギャングも廃止となっています。


サーキットギャング上 読売ランドモノレール軌道サーキットギャング 読売ランドモノレール軌道
サーキットギャング(ゴーカート)より撮影

サーキットギャングコース上からモノレール廃線跡を辿る
サーキットギャングをスタートしてすぐ撮影したもの。
左側にホーム跡らしきものが写っている。
(c)7N4RBN様提供画像


読売ランドモノレール アーチ橋 野球場裏読売ランドモノレール 野球場裏
野球場裏に掛かるよみうりランドモノレール線のアーチ橋

廃虚化する よみうりランドモノレール読売ランドモノレール 鋼軌道桁との継ぎ目
モノレールが廃線になると、先に鋼軌道より撤去される場合が多いです。
よみうりランドモノレール廃線跡では、写真の様に鋼軌道が残存しています。


廃虚として残る 読売ランドモノレール(関東レースクラブ)廃虚化する 読売ランドモノレール軌道桁



観覧車から見たよみうりランド全景
観覧車からよみうりランドを俯瞰したもの。
上昇中の「バンデッド」の後ろにモノレールのアーチ橋(鉄橋)が写っている。
(c)7N4RBN様提供画像

読売ランドモノレール アーチ橋読売ランドモノレール アーチ橋 全景


よみうりランド モノレールアーチ橋


当ページ内では、7N4RBN様のお申し出とご好意により一部提供画像を使用させていただきました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。/mjws編集

当ページ内の画像は著作権の表記について一部加工を行っています。
(c) 7N4RBN,(c) mjws.org






 
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